何のために生きるのか

厚生労働省によると、100歳以上の高齢者は現在(2011年9/1付け)、4万7756人いるそうです。41年連続で過去最多の記録を更新し、来年は5万人を超えるとの見方もあるようです。これだけ長寿人口が増えている現状を見ますと、誰もが長生きを望んでいるようにも思えますが、実はそうでもなさそうです。

この事実は、2011年110月15日付けの朝日新聞に「100歳まで生きたいと思う?」というアンケート結果にも顕著に表れています。4,144人を対象にしたこのアンケートでは、100歳まで生きたくないと答えた人が65%もいたのです。その理由の第1位は「病気になっても生きたくない」でした。そして2位以下は、「親族に迷惑をかけたくない」「100歳に意味を感じない」「いいことがあるとは思えない」「どうせ長生きできない」「金銭的余裕が無い」・・・と続きます。

しかし「老いる」ことは、そんなに否定的でしかないのでしょうか。そこで老いることに肯定的意義を見出すために、キケロの『老年論』を少し読み解いてみたいと思います。キケロは、一般的な老人に対する4つのイメージ(通念)に反論をします。

(1)老人は何もすることがない
老人は何もすることがないのではなく、黙っていても大変重要な役目を果たし、若者にない思慮、権威、弁論が備わっている。

(2)老人は体力がない
老人の体力を若者と比べて嘆く必要はない。賢明な老人のまわりには若者が集まる。老人は若者に人生教訓を教え導き、次世代へと続く智慧を与えることができる。

(3)老人には何も楽しみがない
老人には何も楽しみがないというが、身体の衰えによって肉体的欲望の苦しみから開放される喜びがある。

(4)老年は死が近い
死が近くなると、老人ならではの深い思慮に満ちた心境に達することができ、来たるべき死への精神的準備ができる。

紀元前40年前後に、キケロが既にこういった老年論を考えていたことに驚かされます。

自己主張と価値観が多様な時代に、老人は若者のような偏った即断はせず、沈黙して事態を見つめ、将来に可能性を残す知恵を持っています。

キケロはきっと老人に対して老年の幸福論を説いただけでなく、若い世代から善き老年を迎える準備を勧めているのだと思います。キケロの主張を聞けば、老人は虚しくてさみしい存在では決してないことがわかります。誰でもいつか「老」を体験し死を迎えます。その時にキケロの主張するような、ワイズな老人でありたいものです。

さて、年間毎週書き綴ってきたコラムも、今回のコラムで最終回となりました。また新しい企画を考え、4月か5月から新しい連載を始めようと思います。徒然なるままに日暮しPCに向かって、思いのままに1年間好き放題に書かせていただきました。愚話にお付き合いいただき、心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。

3月09

人生でマスタースべき8個の課題

精神分析学者のエリクソンによれば、
人間は生涯に身につけるべきことが8個あるそうです。この8個の課題を各年代で修得していけば、歳を重ねるごとに精神的に成長することができると言われています。

①乳児期(0~1歳):「基本的信頼感」
乳児期に何の不安もなく安心して過ごすことができれば、他者を信頼する心が育まれます。もしこの時期に基本的信頼感を学ばなければ、0~1歳にして早くも人を信じることが難しくなるようです。

②幼児前期(1~3歳):「自律性」
1~3歳で「意思」が芽生え、その意思によって行動しようとします。それを保護者が極端に制御しようとすると、子どもは必要以上に疑う心や恥じらいを感じるようになります。

③幼児後期(3~6歳):「自主性」
何か問題が起きた時、子どもは自分なりに解決しようと色々と考え、トライ&エラーを繰り返します。もし解決策がうまくいかないことが多くなると、自分はダメな人間だという罪悪感を感じるようになります。

④児童期(6~12歳):「勤勉性」
小学校に通い始めて勉強や様々な活動を通して成功体験を積み、勤勉性の重要性を知る時期です。この時期に失敗が多く重なると、子供は劣等感を持つようになります。

⑤青年期(13~20歳代前半):「自我同一性」
将来の事を考えはじめ、「自分とは何か」といった実存的問いを自問自答しながら、自分らしさを確立していく時期です。ここで或る程度自分を納得させる答えが出せない場合、「同一性拡散」といった不安や恐怖感を持つようになり、それらのストレスを発散するために色々な問題行動をするようになります。

⑥成人前期(20歳代後半~30歳代前半):「親密性」
仕事や知り合いなどを通じて社会的人間関係を築きながら親密感を向上させていきます。もし社会的つながりが乏しくなると、自分は孤独であるという虚無感を憶えます。

⑦成人後期(30歳代後半~60歳代前半):「生殖性」
子育てや会社などでの人材育成を通して、自分が指導的立場になり次世代を育てる意欲が芽生えます。もし社会的指導者として失敗したりすると、人生の停滞感を痛感してしまうのもこの時期です。

⑧成熟期(60歳代後半以降):「自我の統一」
人生の後半をむかえるにあたり自分の人生を振り返り、自分の一生がどれだけ充実していたかということを再考する時期です。もし後悔ばかりの人生だったり今後も不安要素が多々あると、絶望感が募ります。

さて、みなさんはどこかの時期に獲得し忘れているところはありましたでしょうか?もしあったとしても大丈夫です。安心してください。何歳になっても学び直せばいいのです。例えば児童期に勤勉性を得ずに保護者になったのであれば、お子さんが学校の勉強している時、一緒に自分の興味のあることを勉強してみてはどうでしょうか。

もちろん最もベストなのは、以上に挙げた8個をきちんと幼児期から各年代で確実にマスターすることです。ですから乳児期からきちんとした家庭環境を調えて、家庭でしっかり子ども教育を実践することはとても重要なことなのです。

特に子どもが成人するまでの間、①~⑤までをきちんと子どもに身に付けけさせることは、保護者の役割でもあり責任でもあります。しっかりした子ども教育の実践は、何よりも子どもに①~⑤について自覚を促す処方箋となるのです。これらは子ども当人の自覚だけでは成立するものではありません。保護者の役割とは考える以上に重大なのです。

3月02

CRFの原則を使って話そう!

自分の意見を伝えることが苦手だと感じるのは、自分の言いたいことをきちんと整理できていないからです。そういう時は、まずは結論から述べてみてください。結論をはじめに述べることによって、何が言いたいのか明確になるだけでなく、話す時間も短くなり簡潔に自分の意見を伝えることができるようになるはずです。

結論を述べたあとは、なぜその結論なのかという理由を3つほど挙げます。理由が長くなると、なんのための理由付けなのかが曖昧になりますから、理由は3つほどに絞って簡潔にまとめるのが良いでしょう。

そして、その理由の裏付けとなる客観的事実を付け加えると、主張することに説得力が増します。客観的事実がないと、結論をサポートする理由が根拠のない自分の勝手な思い込みになってしまいます。実際のデータや事実を付け加えると、結論をサポートする理由が勝手な憶測や思い込みではなく客観的になります。

例えば進学祝に「デスクトップPCがほしい」と思っている子どもに、保護者がタブレットPCを勧めたい場合、どのような理由と裏付けが考えられるでしょうか。

結論
デスクトップPCではなく、タブレットPCにしよう
理由
値段が安い
メーカのサポートが充実している
多用な仕様が可能である
裏付け
価格表
サポート体制
機種の拡張性

結論(Conclusion)、理由(Reason)、裏付け(Fact)の「CRFの原則」をフレームワークにして話を構成すると、主旨が簡潔になって説得力が増し、聞き手にとっても理解しやすくなります。こちらの言いたいことが伝わっていないときは、CRFのどれかが欠如していたり、CRFの順序が違ったりしている可能性があります。思いつきで自分の頭に浮かんだ考えを、ただ単に言葉にするだけでは相手になかなか伝わりません。

保護者の気持ちがなかなか子どもに伝わらない時は、感情的に単に自分の思ったことを言葉にしているだけなのかもしれません。

CRFの原則はプレゼンテーションやネゴシエーションの時にも役立ちますし、論理的思考で問題を整理することもできます。コミュニケーションスキルを高めるためにも、CRFのフレームワークで自分の言いたいことを一度組み立ててみてください。きっと説得力が増して自分の言いたいことが相手によく伝わるようになるはずです。

2月24

I am OK! You are OK!

バランスのとれた判断力とは、常に「自分」「相手」「自分と相手から離れた客観的第三者」の三つの立場をうまく使い分けてはじめて成り立ちます。

「自分」の立場とは、誰もが持ってる主観的な視点です。誰でも自分が正しいと思っていますが、時には自己中心的にものごとを判断し、独善的で自分勝手な主張となる場合もあります。

自己中心的にならないようにするためには、「自分」の立場から離れて「相手」の気持ちになって考えることが必要になります。「相手」の立場で考えると、「自分」の立場より少しは客観的に観ることができます。ただそれは「相手」の立場になって自分がどのように行動するべきかということですから、まだ「自分」が残っています。完全な客観的な立場ではありません。もし「相手」の立場になって相手ばかりを優先すると、自分を犠牲にすることもあるでしょう。自分を押し殺し続ければストレスがたまり、それが後々悪影響を及ぼす可能性もあります。

そこで、「自分と相手から離れた客観的第三者」として、「自分」も「相手」も本当の意味で客観的に観察することが大切になります。「客観的第三者」になることによって、「自分」だけでなく「相手」にとっても良い解決方法が生まれます。

これは哲学でいうところの「弁証法」という考え方です。弁証法とは「正」(テーゼ)と「反」(アンチテーゼ)という対立から、止揚(アウフヘーベン)して「合」(ジンテーゼ)へと新たな世界観を生み出す方法論です。例えば古いものと新しいもののどちらがいいかといった対立の結果は、どちらかの否定に終わってしいます。しかし新しいものに古い良さを残すことで、両方の良さがミックスされて新たな価値観が生まれます。古民家再生などはまさにその一例です。このような両者が活きる客観的第三者の立場とは、「Iam OK」,と「You are OK」の両立を可能にしてくれます。

家庭で子どもと保護者との対立は、まさに「自分」の立場からの主張のぶつかり合いです。ただ保護者は子どものことを思っていますから、若干「相手」(子ども)の立場になっている場合もありますが、それでも子どもに保護者のいいたことが伝わらない時は、「客観的第三者」の立場になって、保護者としての自分と子どもを客観的に観察してみてください。何かアウフヘーベンの作用が起こり、あらたな解決策(ジンテーゼ)が見つかるかもしれませんね。

2月17

創造力を生むラテラル思考

「人材不足」を嘆く最近の企業は、「クリエイティブ(創造的)」な人材を広く求めています。
ではクリエイティブな人材とはどういった思考ができる人を指すのでしょうか。クリエイティブなアイディアを考えだすには、一切の“制約”や”限界”を設けずにあらゆる可能性から問題解決を試みるラテラル思考が大切です。

「ラテラル・シンキング」を説いたエドワード・デボノ氏は、自著『水平思考の世界 』で面白い例を挙げています。
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急な坂道で停車中に、突然自分の前にいる車がバックしてきました。その時どういった行動をとるのが最もベストでしょうか。
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普通であれば以下の2つの解決方法が考えられます。

①クラクションを鳴らして、前方のドライバーに車が下がってきていることを気づかせる。
②接触を避けるために自分の車をバックさせる。

一見、当たり前の判断のように思いますが、この2つの解決法には問題点があります。それはどちらも解決の決め手を相手に委ねているという点です。もし車両機器のトラブルであれば、どんなにクラクションを鳴らしても下がってくる車は止まりません。また、衝突を避けるためにバックしても後ろにも車が詰まっていればバックするスペースも限度がありますし、バックする距離が長くなればなるほど、前の車の加速が増すために接触するときの衝撃は大きくなってしいまいます。

この場合のベストな解決方法は、クラクションを鳴らすことでもなく、下がってくる車から逃げるためにバックすることでもありません。むしろ下がってくる車に向かって前に進み、衝突する瞬間のところでブレーキをかけることが最も被害を少なくする方法なのです。

普通の考え方では、なかなか上記のような逆転の発想は思いつきません。それは“制約”や”限界”をアイディアを出す過程で設けてしまい、自分の先入観や思い込みが自分の思考範囲を無意識のうちに狭めているからです。どんなに小さな可能性も排除せずに問題解決を試みるラテラル思考がクリエイティブなアイディアを生みます。そして、十分に考える時間がなく即決をしなければならない時、窮地に立たされている時、そして「何をしても解決できない」時こそ、クリエイティブになるチャンスです。

子育てで悩みを抱えて切羽詰まっている保護者の方は、一度自分の先入観や過去の経験を捨て、ゼロベースから再考してみてください。自分が思い込んでいる制約や限界に縛られずに、できる限りの可能性から問題解決へアプローチすることで、今まで思いもつかなかった良いアイディアがきっと浮かぶはずです。

2月10

「To be」派になろう

何か問題が起きたとき、あなたはどのように問題を解決するでしょうか。解決へのアプローチには大きく分けて「As is」と「To be」の2種類があります。あなたは「As is」派?それとも「To be」派ですか。

「As is」は、「現状ありき」の立場から自分の抱えている問題を改善していく方法です。ただ「As is」の場合、過去の自分を引きずってしまいますので、なかなか現状から脱することができないのが現実です。それに自分の目指すゴールがはっきりしていないので、問題を解決する過程でいろいろと迷いも生じやすくなります。結局、今の自分から脱することができないままで終わってしまうケースが多くなります。

一方「To be」は、自分が「どうあるべき」かといった具体的な理想像を明確化するところから考えはじめます。過去の経緯や今までの自分ではなく、将来自分のあるべき姿をはっきりイメージすると、自分が何をすべきかということが具体的に見えてきます。そして目的がしっかりと定まるので、迷走することもなく最短距離で自分の理想に近づくプランを計画することができます。

「To be」で最も大切なのは、過去の経緯や今までの自分をきっぱりと忘れ、過去の偏見を全て捨てたゼロの状態から将来在るべき自分の姿をイメージすることです。そして、今の自分と「To be」の自分を比べ、自分が「あるべき姿」になるためには何をすればよいかということを具体的且つ実践的なプランに落とし込むことができれば、あとはプランの実行あるのみです。ここで非現実的なプランを立てると、「やっぱりだめだ、できない」となってしまいますので要注意です。

「To be」のイメージが曖昧で、過去の延長線上でしか物事を考えられない「As is」の人は、自分の目指すゴールがはっきりとしていない場合が多いようです。過去や現状に縛られている限り、どんなに試行錯誤しながら改善方法を求めてもドラスティックな改革は期待できません。

夢を現実にできる人たちは必ず「To be」思考に基づいて、自分が為すべきことを確実に実行しています。現状が改善されなかったり漠然とした夢を抱くだけで実行が伴わない人は、是非「To be」派になってみてください。「To be」派であれば、きっといままでにない急進的で具体的な自分改善に取り組むことができるはずです。

2月03

自己本位は損をする?

誰もが自分自身のことを第一に考えます。これは当然のことであり、別に悪いことではありません。しかし、自分の「得」を最大化しようする行為は、時として「損」につながってしまうこともあります。なぜなら、「コモンズ(共有地)の悲劇」という法則が働くからです。

自分の利益だけを最優先することによって得られる恩恵は短期的には大きいですが、時間の経過とともに他者も同じように考えて行動するようになります。そうなると段々と全体の利益がより多くの人々に食いつぶされ、最後にはマイナスとなって自分に戻ってくるのが「コモンズ(共有地)の悲劇」の特徴です。その一例が「ゴミのポイ捨て」です。公共の場にゴミをポイ捨てする人は、「自分ぐらいいいや、他の人もやってるし」と安易に考えます。同じ様に他の人達もゴミを捨てはじめると、そこら中がゴミだらけになってしまいます。その結果,ゴミの異臭が漂い、街の環境も悪くなって犯罪も増えます。最後にはゴミをポイ捨てした人たち自身が環境の悪化による不利益を被ることになります。

このような自分本位の行動が最終的に不利益となって返ってくるという事実は、「ゲーム理論」によっても証明できます。ゲーム理論は、複数の人々が一定のルールと条件のなかで自分の利益を最大化しようとする時に、どのような行動をとればよいかといったことを教えてくれます。このツールはビジネス界でよく使われ、「囚人のジレンマ」としても有名です。相手の出方を考えながら何処で妥協するべきか、自分が被る不利益を最小限に抑えるためのベストな選択は何かという判断基準となるのが「ゲーム理論」です。

例えばAさんがBさんと食事に行ったとき、割り勘負けしないように高価な料理をオーダしたとします。Bさんも同じように考え高価な料理を注文すると、割り勘といえども結局二人ともたくさんお金を払うようになります。だからといってAさんだけが遠慮すれば、Aさんは割り勘負けします。ではどういうパターンが一番損をしないのか、両者のオーダの組み合わせを考えてみましょう。

以上のマトリックスから導き出される結果から、他者を思いやる行動が最終的に自分の幸せにも繋がることがわかります。

子どもに思いやりや譲歩の大切さを教える時、どうしても抽象的な説明になりがちです。そういう時は「ゲーム理論」を使って子どもにロジカルに説明するのも一つの方法ですね。

1月27

問題解決策の副作用

一つの問題を解決した後に、またすぐに新しい問題が起きてしまったという経験はありませんか。これは目先の問題解決だけに気を取られ、問題の本質を解決していないからです。まさに「木を見て森を見ず」といった対処療法が原因です。

目先だけの問題対処は一時的な問題の先送りに終わり、問題の本質を解決したことにはなりません。問題の本質を捉えるためには、目の前に起きている問題が他の要素とどのように結びいているか、その問題を解決した後に他にどのような影響を及ぼすか、といった全体的な視点で物事を見る必要があります。

このことを実感したのは、私がアメリカで車輌交通量の研究をしていた時のことです。私は渋滞緩和の対策として、単に「車線を増やせば渋滞は解決される」といった安易な仮説を立て、データを分析しはじめました。分析結果は車線を増幅すると渋滞が解消されるどころか、益々渋滞が悪化したのです。それは道路が広くなって車が走りやすくなると、今まで渋滞を理由に違う道を通っていたドライバーが増幅された道を利用しはじめたり、道路改善によって車の販売台数が増えたのが原因でした。また、道路周辺の二酸化炭素量や事故数も急ピッチで増えるといった新たな問題も誘発することになりました。

このように新しく起きる問題とは、実はかつての問題解決策が起因となっている場合があります。現状維持や一時的な緩和といった対処療法と問題の本質を解決することは全く別次元のことなのです。ですから一つの問題を解決する時に、その問題が関わる全ての範囲に及ぶ全体像を見通すことはとても大切なことです。

子ども教育でも同じことが言えます。子どもが何か問題を抱えているときは、決してひとつの要因だけで悩んでいるのではありません。色々な要素や要因がからみ合って複雑な問題が子どもを悩ませているのです。

例えば不登校などの問題も、「学校に行かない」(子ども)VS「学校に行きなさい」(保護者)といった単純な問題構造ではありません。保護者の多くは、「学校に行かない」という現象のみを問題視しますが、そうした目に見えている問題は氷山の一角で、その問題の背後にはとても複雑な問題が絡み合っています。

「木を見て森を見ず」の保護者がとても多いと感じる今日この頃ですが、保護者の皆さんには是非もっと広い視野で子どもの置かれた状況やその状況に関わるすべての要因を含めた全体を見渡せるような親力をつけてほしいものです。

1月20

サヨナラ、三日坊主!

旧年中は私の愚話にお付き合いいただきありがとうございました。
今年も何卒宜しくお願い申し上げます。

さて、皆さんの今年の抱負は何でしょうか。「今年はXXを達成しよう」「今年は○○を継続してやろう」といった目標を立てて、新年のスタートを切った方も多いかと思いますが、三日坊主になっていませんか。

「三日坊主」に終わってしまう人って、結構いますよね。どうしたら三日坊主を克服することができるでしょうか。今まで何をやっても三日坊主に終わってしまう人は、きっと三日坊主に終わってしまう「パターン」みたいなものを持っているに違いありません。では、そのパターンを作り出す心理作用は何でしょうか。そこにはきっと、時間の経過とともに「飽きる」「モチベーションが下がる」「結果が短期間で顕れないので諦める」といった心理が働いているはずです。

この悪いパターンが新しい事をする度に起きてしまうと、「三日坊主」を繰り返すことになってしまいます。悪いパターンを断ち切るためには、そのパターンが始まる前に「レバレッジ・ポイント」を導入すると、悪いパターンを良いパターンに変えることができるようになります。「レバレッジ・ポイント」とは、何か一つ新しい要素を入れる(強化する)ことによって、「てこ」の作用のように全体に大きな「正」の影響をもたらす「力」のことです。

例えば、三日坊主が起こるまでの時系列が以下のような場合を考えてみましょう。
①新しいこと「A」に興味を持つ
②「A」に関係する資格を目指す
③勉強を始める
④時間の経過とともに興味が薄れ、勉強時間が減っていく
⑤途中で辞める

このパターンの場合、④の前に<改善>の余地があります。④の心理状態になる前に、「塾で行われている勉強会に定期的に参加する」という「レバレッジ・ポイント」を導入すると次のような効果が現れます。
④-1 モチベーションが上がる
④-2 資格合格のイメージ、手応えを得る
④-3 勉強を継続する、勉強時間が増える

「勉強会」という「レバレッジ・ポイント」によって、三日坊主になるマイナスパターンをプラスに変えることができます。このように新たにポジティブ効果を生み出す因果関係を創りだす「レバレッジ・ポイント」を取り入れると、三日坊主は改善に向かいます。

ここで一つ問題なのは④-2の「手応え」を感じるところです。「手応え」を得るためには、或る程度の時間が必要です。「手応えを得る時間」が「飽きる時間」を上回ると、再び三日坊主になってしまいます。このタイムラグの発生を解決するためには、「ミニゴール」を設定すると良いでしょう。例えば、一回の勉強会に参加してテキストの1章をマスターするごとに「自分へのご褒美」(友達との食事、自分へのプレゼントなど)といった新たな「リバレッジ・ポイント」を④-2の前に設定すれば、手応えを得られるまでのタイムラグは解消されます。
そうすれば、
④-B「勉強会に参加するための予習をする」
④ーC「勉強時間が更に増える」
といった新たなプラス要素が生まれ、プラスパターンが更に強化される構造へと改善されていきます。

こうしたパータン構造を作っていくことは、誰でも知っていて当たり前だと思うかも知れません。しかし、実際にこのパターンを具体的な計画表にまで落とし込み日々実践することが出来る人は少ないと思います。「理解していること」と「出来ること」は、全く違うことなのです。

三日坊主の事例から、以下の3つが問題解決にあたって重要であることがわかりました。
①状況を認知して
②改善策を施し
③行動する

この3点はあらゆる問題に対して良い変化をもたらす方法論です。子ども教育でも活用できるちょっとしたプラス思考への転換ツールとして、是非参考にしてみてください。

1月13

PM型リーダー

今、日本は「リーダ不在」と言われています。これは政治界に限ったことではなく、会社や組織でも同じです。「名ばかり」リーダが多く、リーダーシップを発揮できないのが現状です。

リーダーシップとは何を意味するのでしょうか。社会心理学者の三隅ニ不二(みすみ
じふじ)によると、リーダーシップには「P型」と「M型」の二通りがあるそうです。「P」とは「Performance」のことで、目標を達成するために計画に従って具体的な指示を淡々と出すのが特徴です。「M」は「Maintenance」を意味し、集団組織の機能を壊さないように組織に属する人たちに理解を示すことを重視します。友好的関係を維持しながら、組織の結束力を高めようとするのがM型リーダーシップです。

「M型」リーダーシップを実践する時は、肯定的な言葉が必要不可欠です。「M型」リーダーの責務の一つが、組織全体のモチベーションを上げることです。「ヤル気」を出させるには、期待をしていることがわかる肯定的な言葉でコミュニケーションをとる必要があります。肯定的な言葉によるコミュニケーションは、部下の自信と実力が上がって良い結果を出すことが実証されています。これは「ピグマリオン効果」や「自己成就予言」として知られています。

リーダーシップ論を語る時、例えば「P型」と「M型」のどちらが優れているかという事を論じることはナンセンスです。むしろ時と場合によって「P」と「M」をうまく組み合わせたリーダシップを発揮することが重要です。最も理想なのはPとMが両方を有しているリーダシップですが、大きな仕事や問題を抱えている場合は、M型よりP型リーダシップの方が必要になります。また、ある程度ものごとがスムーズに行っているときは、むしろP型よりM型リーダシップのほうが効果的でしょう。

さて、子育てにも「PM理論」を活用できそうです。子どもがまだ判断力や実行力が乏しい時は、「P型」の保護者が良いと思います。子どもにある程度自律性が養われてきたら、「M型」の教育方法が良いでしょう。そして時と場合によって「P」と「M」を臨機応変に強弱をつけながら変化させ、現状の子どもに合ったベストな組み合わせを実践すれば、一層教育効果は上がります。

ところで、私は、この2型に加え、新たにU型(Unfair)を提唱したいと思います。このU型とは、権力のある人が権力のない人を不当に低く評価することによって、自分への評価を更に高めるようとする、謂わば「権威を悪用するようなリーダ」「周りのヤル気を否定して常に責任逃れしか考えないリーダ」のことです。U型の保護者にだけはなりたくないものです。

さて、最後にみなさんにって2012年が笑顔あふれる年になることを願って、今年最後のコラムを締めくくりたいと思います。愚話にお付き合いいただき、有難うございました。来年も何卒宜しくお願い致しいます。

12月28